もしも弟がいなければ

今週のお題「私のタラレバ」


過去をアレコレ後悔することが減った。今が満たされ始めたからだと思う。月並みだけれど、思慮深くて優しい夫に出会えてからは「しあわせ」が相対評価から絶対評価にシフトし、過去や他人と比べる必要が少なくなったのだと思う。

それでも時々、身近な人が新しい世界に飛び込んでいく姿に焦りを感じ、「なぜ私はここに留まっているんだ」と思うことがある。

最近「私もああしていれば…」と思ったのは、1年ほど前。

弟がある小さな文学賞を受賞した時だ。

限りなく誇らしいと同時に、大いに驚きだった。 小さい頃から、絵本も漫画も小説もよく読む文学児童で、小学何年生かで読書感想文コンクールに入賞もし(唯一のささやかな受賞歴だ)、自分は文章を書いて生きていくんだ、と信じていたのは、だ。 かたや弟は小中高とバスケ漬け、運動、筋肉、日々のルーチンこなすの大好き!なスポーツ少年だった。彼が物語を描きたがるとか、ましてや文学の才能があるだなんて周囲の誰も思っていなかった。


それが二年ほど前、突然重いワードファイルを送りつけてきたと思ったら、読んで感想をくれという。賞に出すという。

はじめて読んだ時の感想は、やられた の一言だった。粗削りだけど、骨太な中編ストーリーを描き切る根性、発想の奇想天外さ、キャラクターの妙。

選者も甘くはないだろうし、詰めの甘さが目立つ処女作で受賞はさすがにないだろう と思いつつも、作品の持つ力強いメッセージに素直に惹かれ、心から力になりたいと思った。休日や通勤時間を使って、印刷したその分厚い物語に、赤ペンで沢山書き込んだ。

一年後、並み居る応募作をおさえ弟の作品がその賞を受賞した。そのあたりから、私のメンタルは少しおかしくなった。


「どうして私はチャレンジしなかったんだろう」

しがないOLの日常の、気も狂わんばかりのルーチンの狭間で、何度もそう思った。

今まで何度も小品は書いてきて、その気になればいつでも、どこにでも応募はできたはずだ。個人サイトで数少ない友達に公開したり、文芸スクールに通って寸評を交わしたり、はじめの一歩を踏み出したことは何度でもあった。

でもその度に、「書くことが好きだし、上手いつもり」というたった一つの小さなプライドが、次こそは崩されるのではないかと恐くなり、そそくさと逃げ出してきた。

もし、友達に褒めてもらったあの小品を、どこかに応募していたら。もし、文芸スクールの仲間に「本当に見せたかった」作品を見せていたら。 きっと絶賛の嵐などには見舞われなくて、根本的な欠陥や手癖を指摘されるか、もしくはそもそも相手にすらされなかったかも知れない。

何度も何度も仮定の話を考えるうちに、私と弟との決定的な違いが見えてきた。それは体力でもなく、学歴でもない。読書量でも、文章を書いてきたキャリアでもない。

人からどんなに厳しく言われるとしても、自分を信じて全てをさらけ出す。そのメンタルだ。

弟は、赤だらけで、ところどころ辛辣なコメントが入った原稿を、マジでありがとう、恩に着る と言って受け取った。


平日の昼休み、チェーンの安い喫茶店でコーヒーを飲みながら、自分の書き出した心情を眺め、割と満足している。 思ったことを文章にして、週に一度は公開すること。できていても、いなくても。 そう決めて始めたブログだから。

文章を書いて生きていく。 細く狭い道のり。

先は長いが、まずは人目にさらす練習をしているところ。

もしも弟がいなければ。

私は日向の生活を羨んだり、劣等感を抱かずに済んだ。

もしも弟がいなければ。

私はずっと日陰に隠れながら、太陽なんて知らないフリをし続けていた。

もしも弟がいなければ、私はこの貧相な身体を日の元に曝け出し、羞恥に顔を俯けながら、太陽に導かれて歩き出すこともなかっただろう。


そんなこと言いながら週一投稿すらできてないんだけどね!

お粗末様だぜ。

異性兄弟で面と向かって本音を言うなんてヘドが出る(訳:照れ臭い)からここでいうけど、あんたを誇らしく思うよ。

おめでとう、弟。

これからも頑張れ。

ビッグイシュー

www.bigissue.jp

世の中は歪んでいる。とてつもなくイビツに、途方もなく大きく。イビツさは個性で、必ずしも悪じゃない。しかし、寒空の下ビッグイシューを掲げながら何かの本を真剣に読んでいる人、その前を素通りする大勢の人波を眺めた時、イビツさが悲しく、苛立たしくなる。

炎天下の淀屋橋でひょろ長い若者からビッグイシューを買い求めた時の、あの、助け舟を見つけた漂流者のような笑顔と、思いの外大きかった「ありがとうございます!」の声が頭から離れない。

私の父親は少し変わった人で、NPO支援やボランティア活動をしているわけでもないのに、勤務先近くの公園のホームレスの人と仲良くなって、よく、使わなくなった小型家電やカイロを差し入れては長い「ついでの立ち話」をしていたと言う。

公園の景観上の理由から多くのテントが強制撤去され、ほとんどの仲間が一時支援施設に入った。だが、自立は短期間で実現されるものではなく、貧困ビジネスの餌食になったり、また別の場所でテントを張ったり、アパートを借りながらホームレス時代よりも貧しく金に追われる生活を余儀なくされるものも多かったと言う。

名古屋・白川公園テント撤去:路上生活者「最悪の選択」−−溝、埋まらぬまま/愛知[毎日他]藤井フミヤ・・・ なるほど

炎天下の淀屋橋を思い出す。 誰もが自分の状況を悲嘆しているとは限らない。それが立派な彼らの仕事で、安易な同情はエゴだと言う向きもあるだろう。

だけれど、私はこの想像力を捨てたくない。底冷えする冬の寒さの中でまんじりともせず立ち尽くす時の身の震え、そこに自分はいないかのような人波の無情感(ティッシュ配りのバイトだってそうだろう)、見知らぬ人から無条件に与えられる好意のあたたかさ。

この想像力を欠いて、グローバリゼーションの中の分業化は進んでいく。地球の裏側で生み出された製品を使いながら、地球の裏側の悲しみなど他人事のようにして。

難しいままに -まとめサイトについて

「分かりやすさ」を疑う

仲正昌樹『今こそアーレントを読み直す』第8刷オビより

情報の嵐の中で

私は気が多い性質なのか、毎日何十もの疑問を抱いては忘れていく。「明治末期あたりの人々はどんな頻度で洗濯していたのか?」「紙のスケジュール帳と電子手帳のどちらが総コストで『エコ』なのか?」など。事実に辿り着くのに時間がかかりそうな疑問は、浮かんでも、雑事に紛れて消えていってしまう。これは誰にでも日常起こっていることなのだが、IT技術革新の凄まじい勢いとともに、疑問と忘却の流れも早瀬となっていっているのではないだろうか。

かつて私が新米プログラマーだった頃、Webページのユーザビリティについて上司がこんなことを教えてくれた。

「リンククリックからページ表示まで、3秒かかるとユーザはイライラするんだよ」

多分このような記事を参照されていたのだと思う。記事によると、ページ読み込みにかかる時間の希望は「2006年の調査では4秒」だったのが、2009年の調査では半分の2秒。2017年の現代は、どうだろうか…。技術革新は、「情報にアクセスする」ための忍耐力を、かようにまで弱らせてしまった。

フランスで「仕事の連絡を絶つ権利」が認められるようになったというが、本当にいつでもどこでもネット媒体とその向こうにいる無数の人々と繋がっていて、意識して断たない限り私たちは延々とその流れに流されていってしまう。朝起きて、学校なり会社なりへ行き、帰宅し、家事雑事を済ませて寝るまでの間のわずかな時間は、スマホやヘッドラインニュースが垂れ流す様々の情報に奪われてしまい、自らわざわざ複雑な情報取得のルートを選ばなくなっている。そうして、与えられない事柄は知らないまま、昨日とさして変わらない明日がー思考停止の日常が流れていく。

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